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#廃墟 のリミナルスペース

LIMapに登録された、「廃墟」タグの付いたリミナルスペース109件の一覧です。スポットのページで、写真や場所、アクセスを確認できます。

109 liminal spaces tagged “廃墟” on LIMap. Open a spot to see its photos, location and how to get there.

バッファロー・セントラル・ターミナル(Buffalo Central Terminal)

1929年開業、17階建ての塔を備えた全長約160mのアール・デコ様式の鉄道駅。一日に約200本の列車が発着し、コンコースには一日に何千人もが行き交った。だが鉄…

ホー・トゥイ・ティエン 廃ウォーターパーク(Hồ Thủy Tiên)

2004年に開業しながら、来園者が集まらず数年で運営が止まった湖畔のウォーターパーク。湖の中央には、口を開けた巨大なドラゴンの形をした水族館が残り、その内部の水…

サラエボ五輪 ボブスレー・リュージュ競技場(Trebević)

1984年サラエボ冬季五輪のために、トレベヴィッチ山の斜面に築かれた全長1300mのコンクリート製コース。オリンピック後も国際大会に使われていたが、1990年代…

パノラミコ・デ・モンサント(Panorâmico de Monsanto)

1968年、市街を見下ろす丘の上に開業した円形の高級展望レストラン。ガラス張りの客席がゆるやかに弧を描き、リスボンの屋根と川をそのまま額縁に収める設計だった。レ…

柳京ホテル(류경호텔 / Ryugyong Hotel)

1987年着工、105階・高さ330mの三角錐。1992年に外郭が完成した直後に資金が尽き、二十年近くコンクリートのまま放置された。2011年にガラス外装が張ら…

ブズルジャ記念館(Buzludzha Monument)

1981年、ブルガリア共産党が党の創立を記念して山頂に建てた円盤型のホール。直径60mのドーム内部は円形の大集会場で、壁一面をモザイク画が巡っていた。1989年…

サトーン・ユニーク・タワー(Sathorn Unique Tower)

1990年に着工し、1997年のアジア通貨危機で建設が止まった49階建ての分譲マンション。円形バルコニーが49段、完全に同じ形で積み上がったまま、三十年近く未完…

富士川町鰍沢の工務店跡

富士川町鰍沢の国道52号(富士川街道)沿い、小室山入口バス停の前に残る2階建ての建物の跡。工務店として紹介されることもある。建物は蔦に覆われ、近年は2階の屋根が…

石山自動車商会

稲敷市の県道5号沿いに残る、小さな自動車整備工場の跡。1970年ごろに開業したとみられ、早い時期に閉業したらしい。鉄骨の作業場と2階建ての建屋は蔦に覆われ、外壁…

高畑石材店

みどり市東町の国道122号沿いに残る、石材工場の跡。1970年前後に開かれ、2005年ごろに閉業したとされる。いくつもの建物に蔦が絡み、壁に書かれた屋号も緑に隠…

S王工業土浦工場

土浦市の国道6号の近くに残る工場の跡。1967年ごろに建てられたとされ、1999年ごろに使われなくなったらしい。鉄筋コンクリートの建物とプレハブの建物が渡り廊下…

桜川市真壁町椎尾の工場跡

桜川市真壁町椎尾に残る、用途のわからない工場の跡。1970年代から同じ場所にあったとされる。屋根や壁が失われて骨組みがむき出しになり、特に裏手は大きく崩れている…

ムライ機器(独身寮、工場)

瑞浪市の国道19号近くに残る、4階建ての独身寮と2階建ての工場の跡。1970年代に建てられたとみられ、近くに移転した後に使われなくなったらしい。外壁ははがれ落ち…

日光市山口の工場跡

日光市の国道119号(日光街道)沿いに残る、冷凍食品の工場の跡。閉業の時期ははっきりしないが、長く使われないまま、屋根の一部は大きくゆがんでいる。街道に面した門…

足尾コンクリート

日光市足尾町の国道122号沿い、わたらせ渓谷鐵道の線路のそばに残るコンクリート工場の跡。1970年代には建っていたとされ、稼働を止めたあとも、錆びた巨大なプラン…

大沼第三発電所

大沼第三発電所は北海道茅部郡鹿部町にある発電所跡。鹿部川上流、北海道電力鹿部変電所の裏手に位置する。1919(大正8)年に運転開始。出力は800キロワットだった…

絶望工場

絶望工場は神奈川県相模原市にある工場の通称。急カーブの内側に掘っ立て小屋がある。家族経営の小規模な平屋建て工場兼住居で、1990年代頃までは居住者があったらしい…

竹馬製材所

1970年頃に開かれたとされる、平屋建ての製材工場の跡。長く使われないうちに、敷地の木々は屋根より高く育った。蔦に覆われた建物の中には製材の機械が残り、窓の割れ…

エビス水産

1970年代から倉庫や工場が並んでいた水産工場の跡。事務所棟や冷凍倉庫が残る一方で、奥の工場棟は赤く錆びた骨組みだけになり、敷地には草木が広がっている。止まった…

小国町沼沢の廃工場

小国町沼沢に残る、鉄骨造の工場の跡。産業廃棄物の処理に使われていたとされる。豪雪地帯の雪の重みで建物全体が押しつぶされるように崩れ、今も少しずつ形を失い続けてい…

T製材所

大きな煙突を持つ製材所と、木造の材木置き場、道をはさんだ社宅や寮がひとまとまりで残る場所。雪で屋根が崩れたことをきっかけに、2011年頃に操業を終えたとされる。…

斉藤板金塗装(鹿嶋市大船津の工場跡)

鹿嶋市大船津に残る、1970年代前半に建てられたとされる工場の跡。1990年代初めまでには閉業したとみられ、屋根は年を追うごとに崩れ、今では錆びた骨組みが緑に埋…

常陸太田市徳田町の工場跡

常陸太田市徳田町に残る工場の跡。大きな建物がL字型に並び、そのまわりに小さな建物がいくつか建っていた。年月とともに一部は姿を消し、残った建物も壁が抜けて骨組みだ…

室戸生コンクリート企業組合

室戸生コンクリート企業組合は高知県室戸市の事業所跡。1975~1985年に開設され、コンクリートプラント、骨材置き場、事務所、従業員寮のような建物、住居のような…

太陽工芸(小千谷市)

小千谷市に残る、2階建ての工場と平屋の建物からなる事業所の跡。1970年代後半以降に建てられたとされる。壁がはがれ落ちて骨組みがのぞき、建物の脇には古い車がその…

皆川製材所

阿賀町の、細長い建物が何棟も連なる製材所の跡。1970年代には操業していたとされる。屋根は少しずつ傾き、敷地を覆う草木の中で、一部の棟はすでに崩れ落ちている。木…

H工業(瀬戸市)

瀬戸市の山あいに残る、砕石施設だったとされる工場の跡。1970年代から同じ場所にあり、いつからか使われなくなった設備が、そのまま風雨にさらされている。川の向こう…

青柳冷蔵

美唄市の道道沿いに残る、冷蔵会社の建物の跡。1970年代にはすでに稼働していたとされ、閉業してから長い時間が経っている。錆びた鉄骨と崩れかけた屋根の下に、使われ…

灘崎コンクリート

灘崎コンクリートは、岡山県岡山市南区にあったコンクリート工場跡。1984年以降に建設され、1999年〜2002年頃に閉業したとみられる。閉業後、2015年公開の…

吉村煉瓦工場(旭川の煉瓦工場跡煙突)

吉村煉瓦工場は、北海道旭川市にあった煉瓦工場跡。1941年に吉村米秋氏により創業。軍需もあり最盛期には月産300万個の煉瓦を生産したが、戦後の需要低迷により廃業…

豊根発電所

豊根発電所は、愛知県北設楽郡豊根村にあった水力発電所跡。1918年に古河鉱業が久根鉱山への電力供給のため運転を開始した。天竜川水系大入川から取水し、出力は当初1…

田村鉄工所

田村鉄工所は、秋田県大館市(旧・北秋田郡田代町)にある廃工場跡。明治期から続く鉄工所で、1905年に田村松助が家業の鉄工所を継ぎ、のちに合資会社(1935年)、…

日本特殊鋼管大湊工場(コウモリ屋敷)

1935年設立の日本特殊鋼管株式会社が1938年に新設した精錬所跡。日中戦争による金属需要の高まりを受け、砂鉄を原料に特殊鋼を生産する目的で建設されたが、戦時中…

美唄バイオセンター

昭和30年代の産炭地振興企業誘致の流れで1969年に設立された白樺毛糸(株)の工場を前身とし、1975年の休業後に富士食品(株)の美唄バイオセンターへ転換、キノ…

矢納水力発電所(Y水力発電所)

武蔵水電株式会社により1914年に運用開始した埼玉県発の水力発電所跡。認可出力は1,100kW。神流川上流に下久保ダムが建設されることに伴い、1966年に送電を…

摺子発電所(湖上の発電所)

宇治川電気株式会社(現・関西電力)により1929年着工、1931年竣工した発電所跡。現在の池原ダム湛水域にあたる場所から水路隧道を引いて発電していた。1964年…

和賀川発電所(旧和賀川水力発電所)

1940年、東北振興化学(現・日本重化学工業)の自家用水力発電所として稼働開始。和賀川の大荒沢ダムから取水していたが、湯田ダム建設に伴い大荒沢ダムが水没すること…

弁柄工場(べんがら工場)

正式名称は日本弁柄工業株式会社和気工場。1922年創業で、赤色顔料「べんがら」を生産していた工場。2000年、母体企業の弁柄事業撤退を受けて事業を戸田工業に譲渡…

ホテル水月(ホテル水○)

1970年代から存在するラブホテル跡。2002年頃に閉業。1号館と2号館から成り、敷地内には不法投棄と見られる大量の電化製品が放置され、建物には落書きや破壊の痕…

シャトー三宝

1973年、龍河洞スカイラインの開通に合わせて開設されたスペイン風の古城を模した展望施設。オイルショックの影響もあり経営は振るわず、1993年には四万十川の自然…

二ツ森小学校(金ケ崎町)

1946年に相去村立二ツ森国民学校として創立された、終戦直後・学制改革以前に国民学校として新設された珍しい経緯を持つ学校。1956年に現在地へ移転し、2006年…

大そね診療所

白い外壁が目を引く、木造平屋(一部2階建て)の古い診療所の跡。戦後まもない頃にはすでに同じ場所に建っていたとされ、閉院からは長い年月が経っている。窓の奥では室内…

手稲千尺スキー場

1972年の冬季札幌オリンピックの開催に合わせて開設されたスキー場で、1999シーズンに閉業。現在も朽ちたリフト施設や崩壊しかけたロッジ跡が山中に残る。

幌糠小学校中幌糠分校

1905年に授業が始まった歴史ある学校で、1947年に中幌糠小学校となる。1970年に児童減少で一時休校、1971年より幌糠小学校中幌糠分校となった。1983年…

名倉小学校駒ヶ原分校

1951年開校、1953年に校舎新築された木造平屋建て校舎。戦後満州から引き揚げた人々が開拓した駒ヶ原集落の子弟のための学校として使用され、炊事場も備えられてい…

旭小学校(ファミリースクールふれあい)

1975年開校、1983年閉校した小学校跡。閉校後は「ファミリースクールふれあい」という研修宿泊施設として活用されていたが、2006年に閉鎖された。RC造三階建…

相生小学校相生分校(A小学校A分校)

1909年開校、1970年閉校。朽ちかけた木造二階建ての美しい校舎が残り、階段には「百万」「千万」など数字の桁数が書かれている。一階左手の講堂部分は壁が抜かれ作…

名倉小学校清水分校

1948年開設、1964年に本校へ統合され閉校した小さな分校。木造平屋建ての校舎が残り、閉校後は農機具置き場や陶芸家のアトリエとして使われていたとされる。校内に…

曾呂尋常小学校分教場

1874年に西尋常小学校として開校し、1909年に周辺校と統合され曽呂小学校の分教場となった。1967年廃校。城西大学創立者・水田三喜男氏の出身校で、敷地内には…

はぼろ緑の村(太陽小学校)

1940年開校の太陽小学校跡。1962年に直径32.7mの円形体育館が完成し、先進的な設備を誇った。1971年に閉校後、1979年から町営宿泊施設「羽幌緑の村」…

城南中学校(白い廃校)

1947年開校の中学校跡。統合により1971年まで校舎として使われた後、企業に売却されて真っ白に改装され、「白い廃校」「白亜の廃校」と呼ばれるようになった。19…

岩窟ホテル

断崖を彫り込んで築かれたセルフビルドの西洋風建築。1904年、一人の農家の男性が鑿一本で掘り始め、1925年に亡くなるまで独力で作業を続けた。当初は多くの見物客…

きぬ川館本店(かっぱ風呂)

1942年に開業した、鬼怒川温泉の大型旅館の跡。大谷石造りの「かっぱ風呂」で知られ、1975年には10階建てに増築されるほどにぎわったが、1999年に倒産した。…

ベルビュー富士ホテル

1960年代後半に開業した結婚式場も備える大型リゾートホテルの廃墟。晴れた日には間近に富士山を望める高台に建ち、地上3階・地下1階の本館に加えて社員寮も残る。1…

総武はな遊園

1990年代に開業したとみられるテーマパーク跡。細長い敷地内に人工の水路が設けられ、スワンボートで園内を移動できる構造だったという。バラ祭などのイベントも開催さ…

野内病院

1960年代半ばに大谷石で建てられた小規模な2階建て建築。「野内病院」という通称で心霊スポットとして知られるようになったが、実際は病院ではなく採石会社の事務所跡…

浅川座

1902年頃に開設された芝居小屋・映画館。木製の廻り舞台を備え、芝居や浪曲、映画などが催され、浪曲師の三波春夫が若い頃に頭角を現した舞台としても知られる。映画館…

美人座(老神温泉)

老神温泉にあった大人向け劇場(ストリップ劇場)跡。電話帳には1993年から2000年まで記載があり、2000年頃に閉業したとみられる。受付部分には「2500」「…

沼東小学校(我路円形校舎)

1959年に建設された、鉄筋コンクリート造3階建の円形校舎。高さ12.6m、直径28.2mの円形校舎2棟が湾曲した渡り廊下で結ばれ、上空から見るとメガネのような…

ダイヤモンド斑尾

1984年に開業し、2012年頃に閉業した白壁の高原リゾートホテル跡。4階建て全74室の中規模ホテルで、大浴場やカラオケ&ディスコ、居酒屋とラーメン屋、チャペル…

ホテル・オーロラ

1990年頃に開業した、郊外の幹線道路沿いに佇む2階建てのラブホテル跡。2010年前後に閉業し、しばらくは管理された状態のまま残されていたが、2014年11月、…

亀崎海上ホテル

1963年から1975年の間に開業したとされる、潮風吹きすさぶ岬の先端に建つ海上リゾートホテル跡。50名収容の客室に加え、岩風呂や300人規模の宴会場、モーター…

旧・姫川病院

1987年、医療過疎地域だった糸魚川市に市民の出資で建てられた4階建ての大規模病院跡。一般病床114床を擁し、脳梗塞後のリハビリなど地域医療の中核を担っていたが…

旧・王子アルカディアリゾートホテル

国立・国定公園施設整備事業の第一号として計画され、国税約40億円が投じられた地上7階地下2階の豪華ホテル跡。1993年に建物が完成したものの、バブル経済崩壊によ…

国民宿舎むろと

1971年、総工費1億2500万円をかけて開業した国民宿舎跡。当時の厚生省から「形がユニークで懲りすぎている」と認可を渋られたという逸話が残るほど個性的な円形の…

丸二ホテル伊勢の郷

1985年に開業した、鉄骨9階建ての巨大なホテルの跡。のちに老人ホームとしても使われたとされる。田園風景の中に、無数の窓が並ぶ屏風のような建物が忽然と現れ、その…

笹間渡発電所

1928年(昭和3年)に着工し、1931年(昭和6年)に運転を始めた東海紙料(後の東海パルプ)の水力発電所跡。建設当時は鉄道が通じておらず、資材は船で運搬された…

旧・石打ロイヤルホテル

1980年代のバブル期に開業した、スキー客向けの5階建てホテル。西洋の城郭を思わせるメルヘンチックな外観とアーチ窓が特徴で、館内にはゲームセンターや宴会場も備え…

旧・八里郵便局

大正から昭和初期の建築とみられる、ピンクがかった味わい深い木造建築の元郵便局。1991年頃、すぐ隣への移転により廃止された。正面玄関の換気口には郵便マークの意匠…

旧中西薬局

九十九里町片貝の集落に静かに佇む、洋風建築のかつての薬局。白く塗られた下見板張りの外壁とアーチ状の玄関ポーチが、どこか異国情緒を漂わせる。塗装は剥がれ、窓には板…

旧三井美唄互楽館(美唄炭鉱街の映画館跡)

かつて東洋一の出炭量を誇った三井美唄炭鉱の鉱員やその家族の娯楽施設として使われた「互楽館」。映画館としても機能し、往時は炭鉱住民たちの憩いの場として賑わっていた…

小倉沢鉱山住宅跡

かつて平賀源内も調査に訪れたと伝わる小倉沢鉱山(ニッチツ鉱山)。最盛期には2,000人以上が暮らした鉱山住宅群も今は完全な廃墟となっている。二階建ての木造アパー…

池島炭鉱住宅 17号棟

2001年の閉山まで炭鉱住民が暮らした集合住宅群の一つ。かつて島の人口の大半を支えた炭鉱都市の名残で、コンクリートの外壁を蔦や雑草が覆い、ベランダの手すりまで緑…

観光ホテルラトゥア別館(悪魔城)

相模湖畔にそびえる9階建て35室の巨大廃ホテル。最上階には展望レストランを備えていたが、現在は営業しておらず、湖の対岸からもその異様な外観がはっきりと望める。武…

旧別子銅山 東平地区

「東洋のマチュピチュ」と称される、別子銅山の中腹に広がる採鉱本部跡。大正から昭和初期にかけて採鉱本部が置かれ、1968年まで山の町として栄えたが、その後は無人と…

旧池島炭鉱 選炭工場跡

かつて九州最後の炭鉱として稼働した海底炭鉱、池島炭鉱の選炭工場跡。平成13年の閉山後、施設はそのまま島に残され、錆びたトタン屋根や配管、水洗機などが海に面した斜…

旧松尾鉱山アパート群跡

かつて「雲上の楽園」と呼ばれた松尾鉱山の職員住宅跡。硫黄鉱山として栄えた昭和30年代には東洋一の硫黄鉱山として1万3千人もの人々が暮らしたが、昭和44年の閉山に…

大久野島発電場跡

旧陸軍が大久野島に建設した発電施設の跡。戦後は使われないまま放置され、コンクリートの建屋だけが残された。現在はうさぎの島として知られる観光地の一角にありながら、…

旧犬鳴トンネル

新犬鳴トンネルの開通により役目を終え封鎖された旧道のトンネル。都市伝説や心霊スポットとして全国的に有名になり、映画の題材にもなった。石造りの重厚なアーチと、無数…

足尾銅山 本山製錬所跡(大煙突)

明治から昭和にかけて日本の近代化を支えた足尾銅山の中枢、本山製錬所の跡地。公害の原点となった鉱毒事件の舞台でもあり、山の斜面には赤茶けた鉄骨と朽ちた工場群が今も…

尾去沢鉱山精錬所・選鉱所跡

かつて東洋一とも称された尾去沢鉱山の精錬所・選鉱所跡。苔むしたコンクリートの柱廊が山霧に包まれ、足元にはエメラルド色の水を湛えた沈殿池が静かに広がる。産業の記憶…

奥多摩湖ロープウェイ 川野駅跡

かつて奥多摩湖の両岸を結んでいた索道の川野駅跡。運行終了から長い年月が経ち、錆びついたゴンドラ「くもとり」が竹林に埋もれるように静かに佇んでいる。人が乗り込む乗…

志摩マリンランド(廃墟)

2021年3月末で営業を終了した水族館の廃墟。「マンボウの泳ぐ水族館」として親しまれ、ペンギンやマンボウの展示で知られたが、閉館後は英虞湾を望む白い建物だけが静…

白河高原スキー場(跡地)

福島県西郷村にあった旧スキー場の跡地。ゲレンデ跡の草原に、窓ガラスが割れて朽ちた三角屋根のロッジ建物がぽつんと残る。かつて多くのスキーヤーで賑わった場所も、今で…

大川グランドホテル(廃業)

伊豆・大川温泉の高台に建つ廃業ホテル。かつては海を見渡す温泉宿として賑わったが、閉業後は白亜の建物に「大川グランドホテル」の看板だけが色褪せて残り、廃墟マニアの…

犬島精錬所跡

明治時代に稼働した銅精錬所の遺構。わずか10年ほどで操業を終えたが、赤煉瓦の巨大な煙突と精錬関連施設の壁だけが島に取り残され、瀬戸内海を望む荒涼とした風景の中に…

熊ノ平駅跡(旧国鉄信越本線)

旧信越本線の要衝だった熊ノ平信号場(駅)跡。かつて上下線の待避・変電設備があった場所で、今も苔むしたホームや変電所の遺構、廃線トンネルの坑口が緑に埋もれながら静…

神子畑選鉱場跡(東洋のマチュピチュ)

山の斜面に階段状に連なるコンクリートの基礎構造だけが幾重にも積み重なり、密林に埋もれた古代遺跡のような異様な景観を作り出している。かつて選鉱プラントの建物自体は…

定山渓温泉ホテル山渓苑(廃旅館)

定山渓温泉街のすぐそばに建つ、営業を終えた大型旅館。すぐ隣では今も温泉街のにぎわいが続いているのに、この一角だけが時間から取り残されたように静止している。その落…

旧野木病院(廃病院)

栃木県野木町の国道4号沿いに、長く使われないまま残る病院の建物。すぐそばを車が行き交う街道沿いで、この建物だけが時間から取り残されたように静まり返っている。心霊…

日光ウエスタン村(廃墟)

1973年に開業し2006年に閉鎖された西部劇テーマの遊園地跡。かつての西部劇風の街並みがそのまま朽ち果てた状態で残されており、看板や建物の残骸が静かに時を刻ん…

つくば市松代四丁目住宅(廃団地)

筑波研究学園都市の国家公務員宿舎として造られた団地の一角。宿舎の削減で使われなくなり、公園やマンション、子育て世帯の住宅街に囲まれた中で、この一角だけが無人のま…

モーテルサンリバー(老ノ坂峠の廃モーテル)

京都市と亀岡市の境、老ノ坂峠に位置する廃モーテル。かつてラブホテルとして営業していたが廃業し、長年放置されたまま朽ちるにまかされている。峠の静けさの中に佇む廃屋…

シーサイドホテル山海館(廃業)

「日本一の洞窟風呂」として知られた湯の児温泉の老舗旅館。昭和30年建築の木造5階建て本館を中心に高層の別館が両翼に建ち並ぶ独特の景観を持つ。2015年に経営破綻…

旧大川村役場庁舎跡(早明浦ダム水没)

1975年、早明浦ダム建設に伴い村域の大半が水没した旧大川村役場庁舎の跡。普段は湖底に沈んでいるが、貯水率が著しく低下する渇水時になると、コンクリートの躯体が湖…

夕張市本町(廃墟街)

かつて炭鉱で栄え「炭都」と呼ばれた夕張市の中心市街地。2007年の財政破綻を経て人口が急減し、往時の商店街の看板や建物がそのままの姿で残る一方、多くが空き家・廃…

旧摩耶観光ホテル

「廃墟の女王」と呼ばれる、神戸・摩耶山中腹に佇む幻の洋館。1929年に開業した高級リゾートホテルで、かつては皇族や著名人も訪れる社交場として賑わったが、1967…

志高ロープウェイ跡(立石山駅)

昭和59年(1984年)に開通し、平成10年(1998年)の台風被害でわずか15年ほどで運行を終えた志高ロープウェイの立石山駅跡。以来20年以上、山の中に人知れ…

化女沼レジャーランド跡

1979年に開業し、2001年に閉園した遊園地の跡。化女沼のほとりに、錆びついた観覧車やゴーカート、崩れかけた売店の建物がそのまま静かに残されており、「廃墟マニ…

ホテルアトランタ

鳥羽市の国道42号沿いに残る、コテージタイプのラブホテルの跡。昭和40年代に開業し、2010年代の初めごろまで営業していたとみられる。植物に覆われつつある建物が…

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